2024-01-01から1年間の記事一覧
うまく入れた。 まつりが微笑むのが見えた。僕のソロ。サビまで一人だ。 届くだろうか、聴いている人に。いや、まつりに。 「夢のようにきみは舞い降りた」 冬の乾燥した空気の中で、高いキーがつらかったが、なんとか切り抜けた。 二番はまつりだ。 「ふた…
「わかった」 まつりが前を見る。 「勇気が出た」 キーボードの前に行く。 「時間通り、始めよう。ヒカル」 僕は頷いた。正午にスタートの予定だ。五分前。 クラブの仲間。少し離れたところに集まっている。手を振ってくれた。 もっちーがペットボトルを持っ…
「私、考えてる場所があるから」 まつりが前に出た。気を取り直した。 香坂城ホールの前、噴水広場がある。 大きなコンサートがあると、観客がたむろする場所だ。 ファンが集まって代表曲を歌ったりする。 「なるほどな」 大熊が頷く。もっちーも「いいじゃ…
「そう言う割には、五月女、その格好、気合い入ってるよな」 そうなのだ。僕が言い出せなかったこと。 真冬の屋外なのに、まつりは白いショートパンツ。 太ももが露わ。普段は、制服の膝丈スカートで隠れている部分だ。 「やだ、もっちー、大熊がいやらしい…
僕らの曲作りが加速した。 十二月二十九日。晴れてはいるが、かなり寒い。とはいえ、手袋をして弦を押さえるわけにいかない。 約束の十時に、五月女邸。運ぶ機材は昨日、メモしておいたが、まつりがいくつか書き足した。ポータブル電源が二台になっていて、…
いろいろな事が動き出した。 まずはオリジナル曲を完成しなければ。翌日から、僕らは作曲を始めた。 まつりがメロディを弾く。合わせて歌ってみる。悪くない。 だけど、いったん盛り上がってしまって、よけいに恥ずかしくなった。彼女への思いを歌った曲だ。…
まつりがマイクを引き寄せた。 「先輩方、お疲れさまです。そして、メリー・クリスマス。 私たち、いっしょにやることになりました。『ヒカルとまつり』でーす」 大熊が「ヒュー」と叫ぶ。馬鹿。 「いいコンビだ」 先輩が声をかけてくれた。感謝。 まつりが…
僕は鞄を持ち上げて、ドアに近付いた。 まつりが「あ、待って」と言う。 振り返ると、まつりが近付いてきて、僕の頬にキスをした。初めての感触。 「えへへ、メリークリスマス」 まつりが言った。 「また、明日ね」 「うん」 僕はどんな表情をしていたのだろ…
「私、泣きそうになった」 まつりが言った。どうやら怒られることはなさそうだし、気にいってくれている。 ただ、猛烈に恥ずかしい。お母さんにまで見られてしまった。 顔が火照る。暖房が効きすぎているんじゃないか、この部屋は。 「やっぱり、二人は運命…
「ヒカル君のラブソングね、これは」 まつりママが言う。僕は突っ立たままだ。 「と言うより、ラブレターじゃないの、まるで」 ***************** 『五年の気持ち』 あの日 春の一日 夢のようにきみは舞い降りた まっすぐに前に立って 気持…
「早く見たい」 自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。 「あのね、ただね」 どうした。 「このあと、もっちーと相談があるの。話、することがあって」 もっちーは彼女の親友、望月真理恵だ。チア・リィーディング部の主要メンバー。 「だから、今日…
「だめか」 思わず言っていた。どうするか。 「ご飯だよ」 母さんの声。歌詞を考えたままダイニングに行く。 父さんは仕事。今ごろは、店で音楽談義だろう。 九州の祖父のことを思った。プロだった時期、どんな曲を書いたのだろう。その才能が、僕に遺伝して…
「オリジナル、作らなきゃ」 「え」 「オリジナル曲、私たちの」 「誰が作るんだよ」 「歌詞はヒカルで、曲は二人で。作詞、田辺ヒカル。作曲、五月女まつり。 うん、かっこいい」 曲は二人で、って言わなかったか。 「だって、ヒカル、楽譜書かれへんやん。…
ここまでの各エピソードに 小さなタイトルを付けました。 本文は変更ありません。 これからもよろしくお願いします。
期末考査は手応えがあった。親の文句を避けたい気持ちがモチベーションになった。 テスト明け、練習を始めた。 ソロでやっていた同士だ。入り方やテンポが違う。微妙な差を調整していった。 僕は拓郎の「舞姫」、「やさしい悪魔」、そして「落陽」。まつりは…
ただ、来週は期末テストだった。勉強はしないといけない。僕の場合、中間テストの結果が悪かったので、ヤバい。 練習のスケジュールを決めて、家に帰った。 「期末テストはいい点、取れるんでしょうね」 夕食のテーブルで母親が言う。 「部活にばっかり、力…
まつりの家。大豪邸だ。 来るたびに圧倒される。初めて来たときには、めまいがしたっけ。高い黒壁に囲まれて、正面に車寄せ。 まつりが「こっち」と言って、通用門から入る。大門を開けるのが手間だからだ。内側でロックを外してもらう必要がある。 なだらか…
こんな僕らは、五年近くを過ごし、 そして今、高校二年生の冬を迎えていた。 新体制になって初ミーティングだ。 「ポピュラー・ミュージック・クラブ」の活動予定を決める。当然、会議の進行は、部長の僕がするのだが、こういうのは苦手だ。まつりが一番よく…
そんなわけで、高二の冬、僕は『PMC』の部長になった。 まつりとは久留島学園中学部、一年二組で出会った。 入学して数日後、僕は男子三人で話をしていた。好きな芸能人は誰、みたいな内容だ。 「俺、ももクロのファンだよ」 一人が言った。 「俺はAKBだなぁ…
帰りのバス、彼女と並んで座る。大熊の提案を話してみた。 「ダサいとは思わない。『ケイオン』ってアニメもあるくらいだし。ダサいと思うのが、ダサい」 まつりは呆れた様子だ。「『ロック部』なんて、語呂が悪いよ。とにかく、大熊にはセンスがない。ドラ…
部長になった。なりたくてなったわけじゃない。 秋の文化祭で、高校三年生が引退した。次の部長を選ぶ選挙で、二年生の中から僕が勝利してしまったのだ。 どう考えても組織票だ。あとは、まつりに一票。これは僕が入れた票だ。「一票なんて、自分で書いたと…