「ぼくらのバラード」1-18 いろいろあるけど準備完了

「私、考えてる場所があるから」

 まつりが前に出た。気を取り直した。

 香坂城ホールの前、噴水広場がある。

大きなコンサートがあると、観客がたむろする場所だ。

ファンが集まって代表曲を歌ったりする。

「なるほどな」

 大熊が頷く。もっちーも「いいじゃない」と言う。

まつりが僕を見た。

「どこだっていいよ」

「あれえ、五月女さん、彼氏があんなこと言ってますけど。

気に入らないみたいですが」

 大熊がからかう。まつりが真に受ける。あわてて僕は付け足す。

「だから、いいんだよ。ここで歌ってる人、たくさんいるから。

比較されるなと思っただけ。どこでやったって緊張するし」

 あまり、フォローにならなかったらしい。

まつりが何も言わない。

「セッティングしようぜえ」
 大熊が荷物を降ろす。もっちーが手伝った。

僕はまつりのそばに行く。

「ごめん。言い方、悪かったのかな。気に入らないわけじゃないよ。

緊張してるだけで」

 それは本当だ。ここで演奏するとわかって、不安が増した。足を止めてくれる人が
いるのだろうか。

「私こそごめんね。無理に引き込んで、緊張させて。その、なんて言ったらいいのか」

「何も言わなくていいよ。まつりには感謝してるんだよ」

「ほんとに、ヒカル」

「お前らさあ」

 大熊が割り込んでくる。

「まったく。全部聞こえてるぞ。準備手伝え」

「えへへ」
 まつりが笑って、キーボードのケースを開ける。

「かわいいなあ、まつりは」

 もっちーが言う。

「田辺、お前はかわいくないからな」

 大熊、あとでぶっ飛ばす。ムカついたが、
強力な助っ人ではある。

 四人で協力すると、思っていたより早く、
準備が整った。

 もっちーがまつりの髪に赤い色を入れている。

その様子を見ていると、また大熊に突っ込まれた。

「見とれんなよ。お前もやってもらうか」

「いやいや」

 噴水の縁に腰をおろして、ギターのチューニングを始めた。

大熊も横に座る。

「おお、冷たい」

「だね、凍える」

「ストーブ持って来たけど、電気も食っちゃうし」

「長い時間、やる予定ではないけど」

「今日は一回通すだけだろ。その割には大荷物だけど」

「ありがとう、助かったよ」

「帰りもあるけどな」

「悪いな。なにかお礼する」

 大熊が白い息を吐き出した。

「なことはどうだっていいんだ。俺も興味あるし、

あとで『宙』のメンバーも来るぜ。後輩も見に来るんじゃないか」

「そうなんだ」

「みんな、応援してんだぜ」

 胸が熱くなって「うん」とだけ答えた。

 まつりともっちーが近づいてきた。

「可愛い?」

 まつりが大熊に尋ねる。

「なんで、俺に訊く。田辺に訊いてやれよ」

「だって」

 僕はチューニングを続けた。

「田辺、照れてんじゃないよ」
 まつりが輝いて見えた。これから彼女と僕が演奏をする。

見知らぬ人たちに聴かせるために。

みんなは僕に興味があるのだろうか。まつりの横にいるだけの、普通の僕に。

 初めての試み。気持ちが重くなった。

「あのさ、チューニングしてるんだよ」

 強く言いすぎたかもしれない。大熊が僕を見た。

「だな、チューニングは大事だ。悪かった」

「そうだね。打ち合わせもあるよね。大熊君、飲み物、買いに行こ」

 もっちーと大熊が、コンビニの方に歩いて行った。

 まつりが隣に座る。

「ごめん」

 謝られると困る。僕が神経質になっただけだ。

「私、はしゃぎすぎてる」

「そんなことない。僕が固くなってる」

 まつりは何も言わない。無言の時間。

「可愛いよ」

「え」

「だから」

 二回、言わせないでよ。CとFのコードを三回ずつ鳴らす。

チューニング完了。

「わかった」

 まつりが前を見る。

「ありがと。勇気が出た」