「ぼくらのバラード」1-10 ラブソング

「早く見たい」

 自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。

 

「あのね、ただね」

 どうした。

「このあと、もっちーと相談があるの。話、することがあって」

 もっちーは彼女の親友、望月真理恵だ。チア・リィーディング部の主要メンバー。

「だから、今日の練習、三時に」

 スケート教室は十二時に終わる。

「大事な話なの、ホントに。ごめんね」

 仕方がない。どこかで時間を潰そう。立花君が付き合ってくれるといいけど。

 自販機コーナで、彼に頼むと「いいよ、ハンバーガーでも食べに行こうよ」と言ってくれた。


 ポテトをかじりながら、二人でおしゃべりした。途中で、僕とまつりの話になった。

「君と五月女も長いよね」

「その言い方は、ちょっと」

「わかってる、わかってる。そんなのじゃないって言うんだろ? でもさ、誰が見たって、仲、良すぎるだろ」

「だけど」

「他校の生徒が、わざわざ顔を見に来る、そんな女の子と付き合うのが不満なのか」

「いや、そんな」

「はっきりしないヤツだなあ。だいたい、五月女が君のこと好きなの、見え見えじゃん」

「え、そうなの?」

「田辺、キミはアホなのか、鈍感なのか。そのうち誰かが、さらっていくかもだよ」

 言われて不安になった。女子人気がある生徒。たとえばサッカー部の絹田。ワイルドなエースストライカー。バレーボール部の栗林は長身のハンサム。

 彼らがまつりと…… 想像する。ムカつく。

 勝手に嫉妬して、絹田と栗林には迷惑な話だ。

 ん?

 嫉妬しているのか? 考えてしまった。そんな関係だったのか、僕たちは。

 五年前、僕の前に立って「中島みゆきが神」と宣言した女の子。彼女がいたから今の僕がある。

 ただ、僕がいるから今のまつりがあるのだろうか。そんな自信はない。

 難しい顔をしていたのだろう。立花君が言った。

「田辺。何、その顔? 僕はうらやましい、って話なんだけど。ごめん、ごめん」

 彼が顔の前で手を合わせる。

「気楽にやりなよ。五月女と」

 立花君は、氷が溶けて薄くなったコーラを飲んだ。

「うまくいくと思うよ。みんな、そう思ってる。だから校内には、彼女に告白するヤツ、もういないじゃん。君がいるから、あきらめてるんだよ」

 みんなって、具体的に誰なんだ。妹が相手なら責めるところだが、親切な友人を問い詰めるわけにはいかない。とりあえず「いやいや」と言っておいた。

 その後は、立花家の家族旅行の話をした。ハワイに行くらしい。お土産にTシャツを買ってくるよ。彼が言う。

 優しい友人と別れ、五月女家に向かった。

 門の前に立つ。妙に意識する。立花君との話が原因か。

 インターホンのボタンを押すと、まつりの声がした。

「すぐに、門、開ける」

 ゴトンと音がして、大きな門が左右に開く。玄関からまつりが出てくる。駆け寄ってきた。

「ごめんね、時間、潰せた?」

「立花君と話をしてた」

「よかった。あのね、もっちーと行ったタピオカ屋さん、当たりだったよ。ホットのミルクティー、おいしかった。今度、いっしょに行こ」

 それはデートではないのか。意識しているせいか、敏感になっている。

 いつものスタジオに入った。まつりがピアノの前に座る。私服に着替えていた。モコモコのグレーのセーターとデニム。母親と比べると、普通。

 首を傾げて僕を見つめる。目が「さあ、歌詞を見せて」と言っていた。

 鞄からクリアファイルを出した。プリントアウトしたA4の紙が二枚。まつりに差し出す。なぜか「お願いします」と言っていた。まつりが冗談ぽく「おう」と答える。

 彼女が最後まで読み、最初に戻る。再び、二枚目の下まで視線が動き、一枚目に戻る。
 三回読み返して、まつりは余白を見つめていた。何も言わない。沈黙が続く。お気に召さなかったのか。

「どう、かな」

 ダメ出しは覚悟の上だ。ストレートに自分の気持ちを書いた。それだけだ。

「あの、書きなお……」

 僕が言いかけると、まつりが急にピアノの方を向き、僕に背中を見せた。怒っているのか。

「ママ、聞こえる?」

 彼女が天井に向かって言った。声が変だ。

「ちょっと、来て」

「え、まつり、ごめん。僕、何か」

 すぐにドアが開いた。まつりママ。ヒョウ柄のセーターと黒いレザーパンツ。迫力がある。

「どうしたの。またヒカル君が何かしたの」

 人聞きが悪いです、お母さん。またって何ですか。

 まつりが、歌詞を差し出す。悪事の証拠を見せるみたいに。

「ママ、読んでみて」

「あ、ちょっと、それは」

 僕は慌てた。ものすごく恥ずかしい。

「わー、やめてやめて」

 僕を無視して、まつりママが読み始める。恥ずかしい。死ぬ。

 まつりママが「これは」と言った。

「ヒカル君が書いたの?」

 まつりが頷く。笑顔。あれ? 怒っているわけではなさそうだ。

「ヒカル君のラブソングね、これは」

 僕は突っ立たままだ。