「早く見たい」
自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。
「あのね、ただね」
どうした。
「このあと、もっちーと相談があるの。話、することがあって」
もっちーは彼女の親友、望月真理恵だ。チア・リィーディング部の主要メンバー。
「だから、今日の練習、三時に」
スケート教室は十二時に終わる。
「大事な話なの、ホントに。ごめんね」
仕方がない。どこかで時間を潰そう。立花君が付き合ってくれるといいけど。
自販機コーナで、彼に頼むと「いいよ、ハンバーガーでも食べに行こうよ」と言ってくれた。
ポテトをかじりながら、二人でおしゃべりした。途中で、僕とまつりの話になった。
「君と五月女も長いよね」
「その言い方は、ちょっと」
「わかってる、わかってる。そんなのじゃないって言うんだろ? でもさ、誰が見たって、仲、良すぎるだろ」
「だけど」
「他校の生徒が、わざわざ顔を見に来る、そんな女の子と付き合うのが不満なのか」
「いや、そんな」
「はっきりしないヤツだなあ。だいたい、五月女が君のこと好きなの、見え見えじゃん」
「え、そうなの?」
「田辺、キミはアホなのか、鈍感なのか。そのうち誰かが、さらっていくかもだよ」
言われて不安になった。女子人気がある生徒。たとえばサッカー部の絹田。ワイルドなエースストライカー。バレーボール部の栗林は長身のハンサム。
彼らがまつりと…… 想像する。ムカつく。
勝手に嫉妬して、絹田と栗林には迷惑な話だ。
ん?
嫉妬しているのか? 考えてしまった。そんな関係だったのか、僕たちは。
五年前、僕の前に立って「中島みゆきが神」と宣言した女の子。彼女がいたから今の僕がある。
ただ、僕がいるから今のまつりがあるのだろうか。そんな自信はない。
難しい顔をしていたのだろう。立花君が言った。
「田辺。何、その顔? 僕はうらやましい、って話なんだけど。ごめん、ごめん」
彼が顔の前で手を合わせる。
「気楽にやりなよ。五月女と」
立花君は、氷が溶けて薄くなったコーラを飲んだ。
「うまくいくと思うよ。みんな、そう思ってる。だから校内には、彼女に告白するヤツ、もういないじゃん。君がいるから、あきらめてるんだよ」
みんなって、具体的に誰なんだ。妹が相手なら責めるところだが、親切な友人を問い詰めるわけにはいかない。とりあえず「いやいや」と言っておいた。
その後は、立花家の家族旅行の話をした。ハワイに行くらしい。お土産にTシャツを買ってくるよ。彼が言う。
優しい友人と別れ、五月女家に向かった。
門の前に立つ。妙に意識する。立花君との話が原因か。
インターホンのボタンを押すと、まつりの声がした。
「すぐに、門、開ける」
ゴトンと音がして、大きな門が左右に開く。玄関からまつりが出てくる。駆け寄ってきた。
「ごめんね、時間、潰せた?」
「立花君と話をしてた」
「よかった。あのね、もっちーと行ったタピオカ屋さん、当たりだったよ。ホットのミルクティー、おいしかった。今度、いっしょに行こ」
それはデートではないのか。意識しているせいか、敏感になっている。
いつものスタジオに入った。まつりがピアノの前に座る。私服に着替えていた。モコモコのグレーのセーターとデニム。母親と比べると、普通。
首を傾げて僕を見つめる。目が「さあ、歌詞を見せて」と言っていた。
鞄からクリアファイルを出した。プリントアウトしたA4の紙が二枚。まつりに差し出す。なぜか「お願いします」と言っていた。まつりが冗談ぽく「おう」と答える。
彼女が最後まで読み、最初に戻る。再び、二枚目の下まで視線が動き、一枚目に戻る。
三回読み返して、まつりは余白を見つめていた。何も言わない。沈黙が続く。お気に召さなかったのか。
「どう、かな」
ダメ出しは覚悟の上だ。ストレートに自分の気持ちを書いた。それだけだ。
「あの、書きなお……」
僕が言いかけると、まつりが急にピアノの方を向き、僕に背中を見せた。怒っているのか。
「ママ、聞こえる?」
彼女が天井に向かって言った。声が変だ。
「ちょっと、来て」
「え、まつり、ごめん。僕、何か」
すぐにドアが開いた。まつりママ。ヒョウ柄のセーターと黒いレザーパンツ。迫力がある。
「どうしたの。またヒカル君が何かしたの」
人聞きが悪いです、お母さん。またって何ですか。
まつりが、歌詞を差し出す。悪事の証拠を見せるみたいに。
「ママ、読んでみて」
「あ、ちょっと、それは」
僕は慌てた。ものすごく恥ずかしい。
「わー、やめてやめて」
僕を無視して、まつりママが読み始める。恥ずかしい。死ぬ。
まつりママが「これは」と言った。
「ヒカル君が書いたの?」
まつりが頷く。笑顔。あれ? 怒っているわけではなさそうだ。
「ヒカル君のラブソングね、これは」
僕は突っ立たままだ。