ただ、来週は期末テストだった。勉強はしないといけない。僕の場合、中間テストの結果が悪かったので、ヤバい。
練習のスケジュールを決めて、家に帰った。
「期末テストはいい点、取れるんでしょうね」
夕食のテーブルで母親が言う。
「部活にばっかり、力を入れてるからよ」
うーむ、心外だ。言い返す。
「そんなことないって。中間テストは油断してただけだよ」
「五月女さんとは違うんだからね。あんたは要領が悪いんだから」
「五月女さん、か。まつりちゃんだな」
父さんが言う。僕を音楽好きにした張本人だ。
父さんもその父親、つまり僕の祖父から影響を受けた。ディランやジャニス、岡林信康に拓郎、井上陽水、泉谷しげる。親に聴かされた音楽を、僕に聴かせた。しかも大量に。
じいちゃんは強者で、若い頃、ギターを持ってアメリカを放浪していたらしい。プロのミュージシャンだった時期もある。今は、福岡でライブハウスのオーナーだ。白いひげを蓄えて、ヘミングウェイを気取っている。
父さんは「セブンティーズ」というカフェ&バーを経営している。今日は、定休日で家にいた。ビールをグビグビ飲んで言う。
「まつりちゃんはいい。育ちがいい。品がある。見た目もいい」
やれやれ、ここにもまつりファンがひとり。
そうだ、親には言っておいた方がいい。どんな反応が返ってくるだろう。
「実はさ」
まつりとストリートライブをやる、と打ち明けた。父親が前傾姿勢になった。
「いいじゃないか。路上にこそ現実と真実があるんだ。しかも、まつりちゃんとだろ。願ったりだ」
「でも、大丈夫なの? 変な人に絡まれたりしないの」
「母さん、そこは大丈夫だ。まつりちゃんがいるんだから。なあ、ヒカル」
父さんの、まつりの評価が高すぎる。もし変な人に絡まれたら、対処するのは、まちがいなく僕だ。
「そうねぇ。彼女、しっかりしてるから」
母さんまで。
「で、いつやるんだ」
勉強に影響がない冬休み中。路上と言っても公園になると思う。親が安心するように、ことばを選んだ。
「まず、とにかくテスト、がんばりなさい」
「そうだな、そうだ、そうだ。早くメシ済ませて勉強しろ」
「わかってるって」
物わかりのいい両親でよかった。部屋に戻ろうとしたところへ、ミヅキが帰ってきた。妹である。久留島学園の中学三年生。つまりは後輩だ。クラシックバレーをやっている。今日はレッスン日だったようだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「なんだよ。手、洗って、うがいしてこい」
「お兄ちゃん、五月女先輩と付き合うことになったの?」
「はあー」
「応援するよ。先輩、かわいいもん。ねえ、ねえ、お父さ……」
「ちょっと待て、ちょっと待て、ミヅキ、ちょ、待てよ」
慌てて制止する。
「父さんに、ややこしいこと言うな」
「違うの? みんな言ってるよ」
「お前の『みんな』は信用できない。具体的には誰だ」
情報源は、ウチの部員の友人らしい。ユニットを組む話が、付き合うことになっている。
「なーんだ」
「なんだ、じゃないよ。まったく」
「思い切って付き合っちゃいなよ。そのほうが自然だよ」
「まつりとは、そんなのじゃない」
「そんなこと言ってるの、お兄ちゃんだけだよ。そりゃあさ、五月女先輩にはファンがたくさんいて、お兄ちゃんにはいないけどさ」
「うっせえ」
「でも、誰だって思うよ。仲、いいなあって。しかも、何? 二人でユニット? 妹は嫉妬しまーす」
おーい、ミヅキ、帰ったのか。父さんの声。母さんが顔を出す。
「ミヅキ、早く着替えて、ごはん、食べちゃいなさい」
はーい。妹が答えて荷物を置きに行く。ついでに「がんばってね」と言った。何も答えずに、僕は自分の部屋に入った。
机の上のスマートフォン。チャットアプリに着信。「五月女まつり、一件」とある。
「試験勉強してる? まさか、ひとりでゴソゴソしてないよね」
「し、て、ま、せ、んっ」
返信して、僕は世界史の教科書を開けた。さっさと覚えてしまおう。徹夜なんかしたら、寝不足で不機嫌になってしまう。
ゴソゴソは、するかもしれないけど。