「ぼくらのバラード」 1-6 うちの家族

 ただ、来週は期末テストだった。勉強はしないといけない。僕の場合、中間テストの結果が悪かったので、ヤバい。
 練習のスケジュールを決めて、家に帰った。


「期末テストはいい点、取れるんでしょうね」

 夕食のテーブルで母親が言う。 

「部活にばっかり、力を入れてるからよ」

 うーむ、心外だ。言い返す。

「そんなことないって。中間テストは油断してただけだよ」

「五月女さんとは違うんだからね。あんたは要領が悪いんだから」

「五月女さん、か。まつりちゃんだな」

 父さんが言う。僕を音楽好きにした張本人だ。

 父さんもその父親、つまり僕の祖父から影響を受けた。ディランやジャニス、岡林信康に拓郎、井上陽水泉谷しげる。親に聴かされた音楽を、僕に聴かせた。しかも大量に。

 じいちゃんは強者で、若い頃、ギターを持ってアメリカを放浪していたらしい。プロのミュージシャンだった時期もある。今は、福岡でライブハウスのオーナーだ。白いひげを蓄えて、ヘミングウェイを気取っている。

 父さんは「セブンティーズ」というカフェ&バーを経営している。今日は、定休日で家にいた。ビールをグビグビ飲んで言う。

「まつりちゃんはいい。育ちがいい。品がある。見た目もいい」

 やれやれ、ここにもまつりファンがひとり。

 そうだ、親には言っておいた方がいい。どんな反応が返ってくるだろう。

「実はさ」

 まつりとストリートライブをやる、と打ち明けた。父親が前傾姿勢になった。

「いいじゃないか。路上にこそ現実と真実があるんだ。しかも、まつりちゃんとだろ。願ったりだ」

「でも、大丈夫なの? 変な人に絡まれたりしないの」

「母さん、そこは大丈夫だ。まつりちゃんがいるんだから。なあ、ヒカル」

 父さんの、まつりの評価が高すぎる。もし変な人に絡まれたら、対処するのは、まちがいなく僕だ。

「そうねぇ。彼女、しっかりしてるから」

 母さんまで。

「で、いつやるんだ」

 勉強に影響がない冬休み中。路上と言っても公園になると思う。親が安心するように、ことばを選んだ。

「まず、とにかくテスト、がんばりなさい」

「そうだな、そうだ、そうだ。早くメシ済ませて勉強しろ」

「わかってるって」

 物わかりのいい両親でよかった。部屋に戻ろうとしたところへ、ミヅキが帰ってきた。妹である。久留島学園の中学三年生。つまりは後輩だ。クラシックバレーをやっている。今日はレッスン日だったようだ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「なんだよ。手、洗って、うがいしてこい」

「お兄ちゃん、五月女先輩と付き合うことになったの?」

「はあー」

「応援するよ。先輩、かわいいもん。ねえ、ねえ、お父さ……」

「ちょっと待て、ちょっと待て、ミヅキ、ちょ、待てよ」

 慌てて制止する。

「父さんに、ややこしいこと言うな」

「違うの? みんな言ってるよ」

「お前の『みんな』は信用できない。具体的には誰だ」

 情報源は、ウチの部員の友人らしい。ユニットを組む話が、付き合うことになっている。

「なーんだ」

「なんだ、じゃないよ。まったく」

「思い切って付き合っちゃいなよ。そのほうが自然だよ」

「まつりとは、そんなのじゃない」

「そんなこと言ってるの、お兄ちゃんだけだよ。そりゃあさ、五月女先輩にはファンがたくさんいて、お兄ちゃんにはいないけどさ」

「うっせえ」

「でも、誰だって思うよ。仲、いいなあって。しかも、何? 二人でユニット? 妹は嫉妬しまーす」

 おーい、ミヅキ、帰ったのか。父さんの声。母さんが顔を出す。

「ミヅキ、早く着替えて、ごはん、食べちゃいなさい」

 はーい。妹が答えて荷物を置きに行く。ついでに「がんばってね」と言った。何も答えずに、僕は自分の部屋に入った。

 机の上のスマートフォン。チャットアプリに着信。「五月女まつり、一件」とある。

「試験勉強してる? まさか、ひとりでゴソゴソしてないよね」

「し、て、ま、せ、んっ」

 返信して、僕は世界史の教科書を開けた。さっさと覚えてしまおう。徹夜なんかしたら、寝不足で不機嫌になってしまう。

 ゴソゴソは、するかもしれないけど。