「ぼくらのバラード」1-20 拍手 (第一章ラスト)

うまく入れた。 まつりが微笑むのが見えた。僕のソロ。サビまで一人だ。 届くだろうか、聴いている人に。いや、まつりに。 「夢のようにきみは舞い降りた」 冬の乾燥した空気の中で、高いキーがつらかったが、なんとか切り抜けた。 二番はまつりだ。 「ふた…

「ぼくらのバラード」1-19 いよいよ本番

「わかった」 まつりが前を見る。 「勇気が出た」 キーボードの前に行く。 「時間通り、始めよう。ヒカル」 僕は頷いた。正午にスタートの予定だ。五分前。 クラブの仲間。少し離れたところに集まっている。手を振ってくれた。 もっちーがペットボトルを持っ…

「ぼくらのバラード」1-18 いろいろあるけど準備完了

「私、考えてる場所があるから」 まつりが前に出た。気を取り直した。 香坂城ホールの前、噴水広場がある。 大きなコンサートがあると、観客がたむろする場所だ。 ファンが集まって代表曲を歌ったりする。 「なるほどな」 大熊が頷く。もっちーも「いいじゃ…

「ぼくらのバラード」1-17 とまどう

「そう言う割には、五月女、その格好、気合い入ってるよな」 そうなのだ。僕が言い出せなかったこと。 真冬の屋外なのに、まつりは白いショートパンツ。 太ももが露わ。普段は、制服の膝丈スカートで隠れている部分だ。 「やだ、もっちー、大熊がいやらしい…

「ぼくらのバラード」1-16 助っ人登場

僕らの曲作りが加速した。 十二月二十九日。晴れてはいるが、かなり寒い。とはいえ、手袋をして弦を押さえるわけにいかない。 約束の十時に、五月女邸。運ぶ機材は昨日、メモしておいたが、まつりがいくつか書き足した。ポータブル電源が二台になっていて、…

「ぼくらのバラード」1-15 加速する

いろいろな事が動き出した。 まずはオリジナル曲を完成しなければ。翌日から、僕らは作曲を始めた。 まつりがメロディを弾く。合わせて歌ってみる。悪くない。 だけど、いったん盛り上がってしまって、よけいに恥ずかしくなった。彼女への思いを歌った曲だ。…

「ぼくらのバラード」1-14 『ヒカルとまつり』

まつりがマイクを引き寄せた。 「先輩方、お疲れさまです。そして、メリー・クリスマス。 私たち、いっしょにやることになりました。『ヒカルとまつり』でーす」 大熊が「ヒュー」と叫ぶ。馬鹿。 「いいコンビだ」 先輩が声をかけてくれた。感謝。 まつりが…

「ぼくらのバラード」1-13 キス

僕は鞄を持ち上げて、ドアに近付いた。 まつりが「あ、待って」と言う。 振り返ると、まつりが近付いてきて、僕の頬にキスをした。初めての感触。 「えへへ、メリークリスマス」 まつりが言った。 「また、明日ね」 「うん」 僕はどんな表情をしていたのだろ…

「ぼくらのバラード」1-12 恥ずかしいけれど

「私、泣きそうになった」 まつりが言った。どうやら怒られることはなさそうだし、気にいってくれている。 ただ、猛烈に恥ずかしい。お母さんにまで見られてしまった。 顔が火照る。暖房が効きすぎているんじゃないか、この部屋は。 「やっぱり、二人は運命…

「ぼくらのバラード」1-11『五年の気持ち』歌詞

「ヒカル君のラブソングね、これは」 まつりママが言う。僕は突っ立たままだ。 「と言うより、ラブレターじゃないの、まるで」 ***************** 『五年の気持ち』 あの日 春の一日 夢のようにきみは舞い降りた まっすぐに前に立って 気持…

「ぼくらのバラード」1-10 ラブソング

「早く見たい」 自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。 「あのね、ただね」 どうした。 「このあと、もっちーと相談があるの。話、することがあって」 もっちーは彼女の親友、望月真理恵だ。チア・リィーディング部の主要メンバー。 「だから、今日…

「ぼくらのバラード」1-9 書けた!

「だめか」 思わず言っていた。どうするか。 「ご飯だよ」 母さんの声。歌詞を考えたままダイニングに行く。 父さんは仕事。今ごろは、店で音楽談義だろう。 九州の祖父のことを思った。プロだった時期、どんな曲を書いたのだろう。その才能が、僕に遺伝して…

「ぼくらのバラード」 1-8 作詞は僕

「オリジナル、作らなきゃ」 「え」 「オリジナル曲、私たちの」 「誰が作るんだよ」 「歌詞はヒカルで、曲は二人で。作詞、田辺ヒカル。作曲、五月女まつり。 うん、かっこいい」 曲は二人で、って言わなかったか。 「だって、ヒカル、楽譜書かれへんやん。…

お知らせ

ここまでの各エピソードに 小さなタイトルを付けました。 本文は変更ありません。 これからもよろしくお願いします。

「ぼくらのバラード」 1-7 オリジナルって

期末考査は手応えがあった。親の文句を避けたい気持ちがモチベーションになった。 テスト明け、練習を始めた。 ソロでやっていた同士だ。入り方やテンポが違う。微妙な差を調整していった。 僕は拓郎の「舞姫」、「やさしい悪魔」、そして「落陽」。まつりは…

「ぼくらのバラード」 1-6 うちの家族

ただ、来週は期末テストだった。勉強はしないといけない。僕の場合、中間テストの結果が悪かったので、ヤバい。 練習のスケジュールを決めて、家に帰った。 「期末テストはいい点、取れるんでしょうね」 夕食のテーブルで母親が言う。 「部活にばっかり、力…

「ぼくらのバラード」 1-5 まつりママ登場

まつりの家。大豪邸だ。 来るたびに圧倒される。初めて来たときには、めまいがしたっけ。高い黒壁に囲まれて、正面に車寄せ。 まつりが「こっち」と言って、通用門から入る。大門を開けるのが手間だからだ。内側でロックを外してもらう必要がある。 なだらか…

「ぼくらのバラード」 1-4 ストリートって?

こんな僕らは、五年近くを過ごし、 そして今、高校二年生の冬を迎えていた。 新体制になって初ミーティングだ。 「ポピュラー・ミュージック・クラブ」の活動予定を決める。当然、会議の進行は、部長の僕がするのだが、こういうのは苦手だ。まつりが一番よく…

「ぼくらのバラード」 1-3 出会い

そんなわけで、高二の冬、僕は『PMC』の部長になった。 まつりとは久留島学園中学部、一年二組で出会った。 入学して数日後、僕は男子三人で話をしていた。好きな芸能人は誰、みたいな内容だ。 「俺、ももクロのファンだよ」 一人が言った。 「俺はAKBだなぁ…

「ぼくらのバラード」 1-2 帰りのバスで

帰りのバス、彼女と並んで座る。大熊の提案を話してみた。 「ダサいとは思わない。『ケイオン』ってアニメもあるくらいだし。ダサいと思うのが、ダサい」 まつりは呆れた様子だ。「『ロック部』なんて、語呂が悪いよ。とにかく、大熊にはセンスがない。ドラ…

「ぼくらのバラード」 1-1 まつりと僕

部長になった。なりたくてなったわけじゃない。 秋の文化祭で、高校三年生が引退した。次の部長を選ぶ選挙で、二年生の中から僕が勝利してしまったのだ。 どう考えても組織票だ。あとは、まつりに一票。これは僕が入れた票だ。「一票なんて、自分で書いたと…