僕は鞄を持ち上げて、ドアに近付いた。
まつりが「あ、待って」と言う。
振り返ると、まつりが近付いてきて、僕の頬にキスをした。初めての感触。
「えへへ、メリークリスマス」
まつりが言った。
「また、明日ね」
「うん」
僕はどんな表情をしていたのだろう。思い出せないまま、家に帰った。ベッドに寝転んだとき、気が付いた。
あの部屋、様子をモニターできるんじゃなかったっけ。まつりママが見ていなかったことを祈った。
終業式、渡された成績表は良くも悪くもなかった。出来が悪かった中間考査と、取り戻した期末考査。合わせるとこんな感じなのだろう。
とにかく、ポピュラー・ミュージック・クラブの部長としては、午後の「クリスマス会兼先輩お疲れさま会」を、無事に行わなければならない。
今日はまだ、まつりと話をしていなかった。
顔を合わせるのが照れくさかったが、終業式でクラスの列にいる彼女はいつものまつりだった。
部室に行くと、後輩たちが準備をしていた。
部屋の飾り付けと機材のセッティング。
「先輩方おつかれさま」と書かれた幕が、ティッシュの花に飾られている。
後輩に混じって、準備をしているとまつりもやって来た。
僕に手を振る。
他の部員も揃ったところで、先輩たちを迎えに行く。
「お待たせしました。準備ができましたので案内します」
八名の三年生を先導して部室に戻る。部員が拍手で迎えた。
「先輩、お疲れさまでした」
「メリー・クリスマス」
いい感じに盛り上がっている。
進行も僕だ。
ステージ、と言っても少し高くなっているだけだが、そこに上がって開会を宣言した。
部員の演奏が始まった。下級生からスタート。中学生は緊張している。
明らかに音をはずしたり、つっかえたり。
いつもとちがって、今日は「がんばれ」、「いいぞ、気にせず続けて」と声援が飛ぶ。顔を真っ赤にして歌う後輩を見て、微笑ましく思う。まつりも優しそうに笑っている。
大熊たちのバンド「宙」は、珍しく静かな曲をやった。ゲーリー・ムーアのブルース。大きな拍手。いい曲だった。ただ、次が僕たちだ。プレッシャー。
キーボードを正面に出して、ギターの僕は後方に椅子を置いた。
配置を見て、まつりが言う。
「あ、ごめんね、みんな。ちょっと待って。部長、二人で並ぼうよ」
「ヒューヒュー」
大熊が調子に乗っている。あの野郎め。
配置を変える。まつりが囁いた。顔を近づけてきたので、昨日のキスが甦った。
「発表しちゃおうか」
驚いた。「私たち、付き合ってまーす」とか言っちゃうの?
「私が話すね」
まつりがキーボードの前に座る。僕も腰をおろす。動きがぎこちない。
大熊が「部長、緊張してるぞ」と言う。後でぶっ飛ばす。
まつりがマイクを引き寄せた。