「ぼくらのバラード」1-13 キス

 僕は鞄を持ち上げて、ドアに近付いた。

 まつりが「あ、待って」と言う。

 振り返ると、まつりが近付いてきて、僕の頬にキスをした。初めての感触。

「えへへ、メリークリスマス」

 まつりが言った。

「また、明日ね」

「うん」

 僕はどんな表情をしていたのだろう。思い出せないまま、家に帰った。ベッドに寝転んだとき、気が付いた。

 あの部屋、様子をモニターできるんじゃなかったっけ。まつりママが見ていなかったことを祈った。

 終業式、渡された成績表は良くも悪くもなかった。出来が悪かった中間考査と、取り戻した期末考査。合わせるとこんな感じなのだろう。

 とにかく、ポピュラー・ミュージック・クラブの部長としては、午後の「クリスマス会兼先輩お疲れさま会」を、無事に行わなければならない。

 今日はまだ、まつりと話をしていなかった。

 顔を合わせるのが照れくさかったが、終業式でクラスの列にいる彼女はいつものまつりだった。

 部室に行くと、後輩たちが準備をしていた。

 部屋の飾り付けと機材のセッティング。

「先輩方おつかれさま」と書かれた幕が、ティッシュの花に飾られている。

 後輩に混じって、準備をしているとまつりもやって来た。

 僕に手を振る。

 他の部員も揃ったところで、先輩たちを迎えに行く。

「お待たせしました。準備ができましたので案内します」

 八名の三年生を先導して部室に戻る。部員が拍手で迎えた。

「先輩、お疲れさまでした」

「メリー・クリスマス」

 いい感じに盛り上がっている。

 進行も僕だ。

 ステージ、と言っても少し高くなっているだけだが、そこに上がって開会を宣言した。

 部員の演奏が始まった。下級生からスタート。中学生は緊張している。

 明らかに音をはずしたり、つっかえたり。

 いつもとちがって、今日は「がんばれ」、「いいぞ、気にせず続けて」と声援が飛ぶ。顔を真っ赤にして歌う後輩を見て、微笑ましく思う。まつりも優しそうに笑っている。

 大熊たちのバンド「宙」は、珍しく静かな曲をやった。ゲーリー・ムーアのブルース。大きな拍手。いい曲だった。ただ、次が僕たちだ。プレッシャー。

 キーボードを正面に出して、ギターの僕は後方に椅子を置いた。

 配置を見て、まつりが言う。

「あ、ごめんね、みんな。ちょっと待って。部長、二人で並ぼうよ」

「ヒューヒュー」

 大熊が調子に乗っている。あの野郎め。

 配置を変える。まつりが囁いた。顔を近づけてきたので、昨日のキスが甦った。

「発表しちゃおうか」

 驚いた。「私たち、付き合ってまーす」とか言っちゃうの?

「私が話すね」

 まつりがキーボードの前に座る。僕も腰をおろす。動きがぎこちない。

大熊が「部長、緊張してるぞ」と言う。後でぶっ飛ばす。

 まつりがマイクを引き寄せた。

「ぼくらのバラード」1-12 恥ずかしいけれど

「私、泣きそうになった」

 まつりが言った。どうやら怒られることはなさそうだし、気にいってくれている。
 ただ、猛烈に恥ずかしい。お母さんにまで見られてしまった。
 顔が火照る。暖房が効きすぎているんじゃないか、この部屋は。

「やっぱり、二人は運命共同体ね」

 まつりママが言う。

 いや、だから、お母さん、それは重い意味があります。だいたい、物わかり良すぎる。世間のお母さんとは。かなり感覚が違う気がする。

 口に出せないので、心の中で突っ込んだ。まだ、ボケーッと立ったままだ。

「じゃ、がんばりなさい。しっかりね。それから、二人とも節度を持って。まだ高校生なんだから」

 言って、まつりママが出て行った。

 二人になって、しばらくお互いを見ていた。まつりママが現れると、こういう雰囲気になる。「あのさ」と僕は言おうとした。いきなりママに見せるなんて。

 その前にまつりが言った。

「ありがとう、うれしかった。ヒカルが、田辺君が、ヒカル君が、そんな風に思ってたんだって」

 まつりが恥ずかしそうにしている。珍しい。「えへへ」と照れくさそうに笑う。

「いや、あのさ、あのさ」

 僕は言った。確かめたかった。

「歌詞は合格? 歌詞として、合格かな」

「合格う」

 まつりが答えた。

「合格に決まってるやん。曲を付けて、不自然なところがあったら、修正するかも、だけど」

「それは当然。よかった合格で、ほっとした」

「だけどね」

 まつりが小さな声で言った。

「なんだか、人前で発表するの、惜しくなってきた。私とヒカルの秘密にしておきたい」

「だけどもう、ママに発表しちゃったよ」

「そうか、そうだね、あはは」

「次は、作曲か」

「私、がんばるから」

「二人で考えるんだよね。楽譜にするのは、まつりだけど」

「そうだけど、まず私がやってみたい。歌詞はヒカル君の努力の結晶だから」

「わかった。とりあえず、まつり様にお願いします。でも、明日は、終業式と先輩お疲れさま会だから、今夜は無理しちゃダメだよ」

「うん、わかってる。えへへ、なんか、ヒカル君、やさしい」

「それじゃぁ、僕は帰って少し眠るよ。昨夜は徹夜だったし」

 僕は鞄を持ち上げて、ドアに近付いた。

 まつりが「あ、待って」と言う。

「ぼくらのバラード」1-11『五年の気持ち』歌詞

「ヒカル君のラブソングね、これは」

 まつりママが言う。僕は突っ立たままだ。

「と言うより、ラブレターじゃないの、まるで」

 

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           『五年の気持ち』

 

        あの日 春の一日

        夢のようにきみは舞い降りた

        まっすぐに前に立って

        気持ちがわかると告げてくれた

        ふたりで見てきた光景は

        いつも驚くことばかり

        いつも怖がる いつもくじける

        そんなとき背中を押してくれる

        きみがそばにいてくれて 

                              ほんとにしあわせ

 

        僕はきみを見ていた

        歌い踊るきみを見ていたよ

        輝いて眩しすぎて

        それでもいつでも

        きみを見てた

        ふたりで歩いた道のりは

        いつもなぜだかでこぼこで

        いつもつまずく いつも倒れる

        そんなとき言葉をかけてくれる

        きみがそばにいてくれて

                              ほんとにしあわせ

 

        五回の春夏 秋と冬

        出会えてよかった五年の気持ち

        溢れてくるから

                              受け取ってください

        五回の季節を 振り返る

        すべての場面に五年の月日に

        変わらず必ず 

                              そこにいたんだね

 

        そばにいてくれて 

        ほんとにしあわせ

        そばにいてくれて 

        ほんとにしあわせ

 

       *******************

 

 

 

「ぼくらのバラード」1-10 ラブソング

「早く見たい」

 自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。

 

「あのね、ただね」

 どうした。

「このあと、もっちーと相談があるの。話、することがあって」

 もっちーは彼女の親友、望月真理恵だ。チア・リィーディング部の主要メンバー。

「だから、今日の練習、三時に」

 スケート教室は十二時に終わる。

「大事な話なの、ホントに。ごめんね」

 仕方がない。どこかで時間を潰そう。立花君が付き合ってくれるといいけど。

 自販機コーナで、彼に頼むと「いいよ、ハンバーガーでも食べに行こうよ」と言ってくれた。


 ポテトをかじりながら、二人でおしゃべりした。途中で、僕とまつりの話になった。

「君と五月女も長いよね」

「その言い方は、ちょっと」

「わかってる、わかってる。そんなのじゃないって言うんだろ? でもさ、誰が見たって、仲、良すぎるだろ」

「だけど」

「他校の生徒が、わざわざ顔を見に来る、そんな女の子と付き合うのが不満なのか」

「いや、そんな」

「はっきりしないヤツだなあ。だいたい、五月女が君のこと好きなの、見え見えじゃん」

「え、そうなの?」

「田辺、キミはアホなのか、鈍感なのか。そのうち誰かが、さらっていくかもだよ」

 言われて不安になった。女子人気がある生徒。たとえばサッカー部の絹田。ワイルドなエースストライカー。バレーボール部の栗林は長身のハンサム。

 彼らがまつりと…… 想像する。ムカつく。

 勝手に嫉妬して、絹田と栗林には迷惑な話だ。

 ん?

 嫉妬しているのか? 考えてしまった。そんな関係だったのか、僕たちは。

 五年前、僕の前に立って「中島みゆきが神」と宣言した女の子。彼女がいたから今の僕がある。

 ただ、僕がいるから今のまつりがあるのだろうか。そんな自信はない。

 難しい顔をしていたのだろう。立花君が言った。

「田辺。何、その顔? 僕はうらやましい、って話なんだけど。ごめん、ごめん」

 彼が顔の前で手を合わせる。

「気楽にやりなよ。五月女と」

 立花君は、氷が溶けて薄くなったコーラを飲んだ。

「うまくいくと思うよ。みんな、そう思ってる。だから校内には、彼女に告白するヤツ、もういないじゃん。君がいるから、あきらめてるんだよ」

 みんなって、具体的に誰なんだ。妹が相手なら責めるところだが、親切な友人を問い詰めるわけにはいかない。とりあえず「いやいや」と言っておいた。

 その後は、立花家の家族旅行の話をした。ハワイに行くらしい。お土産にTシャツを買ってくるよ。彼が言う。

 優しい友人と別れ、五月女家に向かった。

 門の前に立つ。妙に意識する。立花君との話が原因か。

 インターホンのボタンを押すと、まつりの声がした。

「すぐに、門、開ける」

 ゴトンと音がして、大きな門が左右に開く。玄関からまつりが出てくる。駆け寄ってきた。

「ごめんね、時間、潰せた?」

「立花君と話をしてた」

「よかった。あのね、もっちーと行ったタピオカ屋さん、当たりだったよ。ホットのミルクティー、おいしかった。今度、いっしょに行こ」

 それはデートではないのか。意識しているせいか、敏感になっている。

 いつものスタジオに入った。まつりがピアノの前に座る。私服に着替えていた。モコモコのグレーのセーターとデニム。母親と比べると、普通。

 首を傾げて僕を見つめる。目が「さあ、歌詞を見せて」と言っていた。

 鞄からクリアファイルを出した。プリントアウトしたA4の紙が二枚。まつりに差し出す。なぜか「お願いします」と言っていた。まつりが冗談ぽく「おう」と答える。

 彼女が最後まで読み、最初に戻る。再び、二枚目の下まで視線が動き、一枚目に戻る。
 三回読み返して、まつりは余白を見つめていた。何も言わない。沈黙が続く。お気に召さなかったのか。

「どう、かな」

 ダメ出しは覚悟の上だ。ストレートに自分の気持ちを書いた。それだけだ。

「あの、書きなお……」

 僕が言いかけると、まつりが急にピアノの方を向き、僕に背中を見せた。怒っているのか。

「ママ、聞こえる?」

 彼女が天井に向かって言った。声が変だ。

「ちょっと、来て」

「え、まつり、ごめん。僕、何か」

 すぐにドアが開いた。まつりママ。ヒョウ柄のセーターと黒いレザーパンツ。迫力がある。

「どうしたの。またヒカル君が何かしたの」

 人聞きが悪いです、お母さん。またって何ですか。

 まつりが、歌詞を差し出す。悪事の証拠を見せるみたいに。

「ママ、読んでみて」

「あ、ちょっと、それは」

 僕は慌てた。ものすごく恥ずかしい。

「わー、やめてやめて」

 僕を無視して、まつりママが読み始める。恥ずかしい。死ぬ。

 まつりママが「これは」と言った。

「ヒカル君が書いたの?」

 まつりが頷く。笑顔。あれ? 怒っているわけではなさそうだ。

「ヒカル君のラブソングね、これは」

 僕は突っ立たままだ。

「ぼくらのバラード」1-9 書けた!

「だめか」

 思わず言っていた。どうするか。

「ご飯だよ」

 母さんの声。歌詞を考えたままダイニングに行く。

父さんは仕事。今ごろは、店で音楽談義だろう。

九州の祖父のことを思った。プロだった時期、どんな曲を書いたのだろう。その才能が、僕に遺伝していることを祈った。

 妹が「お母さん、とんかつおいしい」と言っている。僕も「うんうん」と言ったが、あまり味はわからなかった。早く自分の部屋に戻りたかった。

「ごちそうさま。やることあるから」

 母と妹が顔を見合わせた。

 

 ノートの新しいページを開く。目を閉じて考えた。


 中学でまつりに出会った。

 僕の前で仁王立ち。「中島みゆきさんが神」と言った。軽音部に入ろうと誘い、五年後、僕を部長にした。

 今、路上ライブという新しい景色を、見せようとしている。そのためにも、歌詞を書けと言っている。

 まつりがいなかったら。想像してみる。

 僕なんて、ただの音楽好きの高校生で、もうすぐ大学入試だなあ、とか言いながら、スナック菓子でも食べてるのだろう。のんきな顔をして。

 平凡だ。もともと平凡すぎるくらい平凡なんだ、僕は。

 みゆきも拓郎も、泉谷も陽水も、どんな気持ちで曲を作るのだろう。

お菓子をつまみながら、なんてありえない。

 抑圧、哀しみ、孤独。自分の感情と闘って、ことばと音をひねり出すのだ。

 ぬるくて甘い僕に、書けるわけがない。

「それでも」と呟いた。

 それでも、新しい一歩なんだ。記念の一曲。書かなきゃ。まつりと二人のチャレンジだ。

 考えろ。集中しろ。

 最初の一行。気恥ずかしいフレーズだ。

 開き直るしかない。

 恥ずかしくてもいい。冷やかされてもいい。素直に書こう。やっとシャーペンが動き始めた。時間を忘れる。書いたり消したりを繰り返した。

 夜が明けた。パソコンで清書しプリントアウトした。もう一度、読み返した。

 ストレートすぎる。頭を振った。その考えを追い出す。これ以上どうしろと言うのだ。ダメ出しされたら、また考えよう。そのときはそのときだ。

 とにかく、少し眠ろうと思った。徹夜明けの僕を見られたくない。明日、いや今日も、まつりに会うのだ。

 

 目が覚めた。

 時計を見た。七時五十分。寝過ごした。飛び起きる。

 終業式前日。授業はないが、市内の施設でスケート教室が実施される。授業三時間分だぞ。体育教師が言っていた。やばい、やばい。休むわけにはいかない。

 急いで制服に着替えた。ジャージをバッグに突っ込む。部屋を飛び出すと、妹と出くわした。まだパジャマのままだ。

「え、お前、遅れるぞ」

「いいの。親子面談で十一時に行くの、お母さんと。てか、お兄ちゃんは今日、何」

「スケート教室。お前、気を利かせて起こしてくれよ」

「高校生の予定まで知らないよ」

 話してる時間が惜しい。「ヒカル、朝ごはんは」という声に、「ごめーん」と返して家を出る。

 タクシー通学は禁じられているが、大通りでタクシーに乗った。スケートリンクまで、千五百円くらいか。痛いけど仕方がない。

 直接乗り付けると目立ちすぎる。二百メートルほど手前で降ろしてもらった。そこから走り出す。わざとらしく全力疾走。気持ちは伝わるかも知れない。

 クラスごとの整列が終わっていた。出席を取っている。なんとか列に入った。冬だというのに暑い。担任が「田辺、大目に見とくけどな」と言った。

 呼吸はまだ荒かったが、スケート教室が始まれば気楽だった。授業とは言え、自由に滑っていればよかったのだ。そもそも体育の先生が、壁につかまって動こうとしない。

 僕はリンクの真ん中で、クラスメイトの立花君と雑談をしていた。外側を周回するものが多く、中央付近は空いていた。

 後方でシャーという音がした。エッジを効かせて止まる。まつり。

「こら、五月女。そんなにスピード出すな。人が大勢いるんだ。危ないぞ」

 体育教師の権堂が壁際で叫ぶ。手すりのあるところから離れない。

 まつりが「ごめんなさーい」と叫び返した。権堂が「おー」と言う。

 なんだ「おー」って。完全にまつり大好きだろ。立花君が苦笑している。

「立花くん、おはよ」

 まつり、満面の笑顔。立花君は勘がいい。

「おはよう。あ、クラブの話だね。どうぞ、してして。俺、自販機コーナーに行ってくる」
 立花君が滑走していく。

「立花くーん、ごめんね」

 まつりが声をかける。立花君は気がいい。まつりの声に振り返ったとき、転びそうになったが、なんとか耐えた。

「わー、危なかったね」

 まつりが言う。いや、君のせいだよ。

「まつり、スケート、うまいんだ。知らなかった」

「小学四年生までフィギュアやってたの。やめちゃったけど」

「何でもできるんだね、君は」

 そんなこと知らなかった。知らなかったのが悔しかった。こんな気持ちは初めてだ。歌詞を書いたことと関係があるのか。

 僕の口調に気付いて、まつりが言った。

「え、なに? どうかした」

「何でもないよ」

 一秒か二秒。沈黙。気持ちを探る時間。

 いつもの調子に戻って、まつりが言う。

「今日、遅かったね。欠席かと思った。心配した」

「ぎりぎり、セーフだったよ」

「歌詞、考えてたの?」

「そりゃ」

 彼女が小さく手を叩く。

「早く見たい」

 自信はないが全力で書いた。見てほしいと思う。

 

 

「ぼくらのバラード」 1-8 作詞は僕

「オリジナル、作らなきゃ」

「え」

「オリジナル曲、私たちの」

「誰が作るんだよ」

「歌詞はヒカルで、曲は二人で。作詞、田辺ヒカル。作曲、五月女まつり。

うん、かっこいい」

 曲は二人で、って言わなかったか。

「だって、ヒカル、楽譜書かれへんやん。

私、書けるねんもーん」

 なんだ、その変な大阪弁

「詞は恥ずかしい」

「でも書いてるじゃない。ピンクの表紙のノート。『ヒカルちゃんノート』。

私、中身、見たことないけど」

「だから、恥ずかしいんだって。それから『ヒカルちゃんノート』じゃない。『創作ノート』って言うの」

 たしかに、僕は歌詞を書きためている。ギターコードを付けたものもあるが、披露したことはない。

 自分の未熟さはわかっている。プロの曲をコピーして、歌うたびに思うのだ。
凄い曲だな、と。才能がある人にはかなわない。

 まつりの追撃が来る。

「すぐに、とは言ってないよ。そのうちに」

「まあ、そのうち、なら」

「まず、歌詞ね。歌詞先行で行こう。明日、見せて」

「それは、そのうち、とは言わないよね」

「早く、お披露目しようよ。私たちの最初の一歩だよ。記念の一曲だよ。ねえ、私たち
の、記念の、一曲だよ」

 確かに、それはそうだけど。

 五月女邸から帰るとき、今日は正面大門が開いた。
通行人に注目された。

 帰り道、ずっと歌詞を考えていた。頭の中で、ことばが回転していた。

「記念の一曲」というフレーズにやられた。何か残したいと思った。

 家に帰ると、妹と顔を合わせた。

「五月女先輩のところ? 熱いね、熱いね。十二月なのにね」

 無視して自分の部屋に入る。妹が「あれ」という顔をした。

『創作ノート』を開いてみる。

 まつりが言う『ヒカルちゃんノート』だ。表紙はピンク。よく見てるな、あいつ。
 ページをめくってみるが、これという歌詞はない。

「だめか」

 思わず言っていた。どうするか。